前回のブログ(幸せな結末?~エラーカタストロフの限界~)でも触れさせていただきましたが、新型コロナウイルス感染の小康状態が続いています。とはいえ、ヨーロッパでの感染再拡大の報告をみると、まだまだ気を抜けない状態であることに変わりはありません。ただ、最近外来で皆さんと話していると、新型コロナよりもインフルエンザに関心が移ってきているような印象を受けます。今回のお題は、その中でも一番の関心事「今シーズンインフルエンザは流行るの?流行らないの?」です。

一部の報道を観ていると「去年流行しなかったから、今年は流行する」といった論調がちらほらみられ、その根拠としては「昨年度は流行らなかった小児のRSウイルス感染症が今年大流行したから」というものを挙げています。確かに、2020年にはほとんど流行がみられなかったRSウイルスが、今年はピーク時で例年の4倍程度まで感染者数が増えました。その理由は、「新型コロナウイルスに対する徹底した感染対策により、本来持つべき集団免疫を持つ機会を失ったから」と考えられています。

この考え方からすると、昨年流行らなかったインフルエンザが、今年は大流行するかも・・・といった危惧も生まれます。ただ、そこまでの流行には至らないのではないか・・・というのが私の考えです。

まず、2019年~2020年にかけてのインフルエンザの流行を振り返ってみましょう。日本感染症学会の発表によると、2019年末~2020年初頭にかけてはインフルエンザAの小流行がみられ、2020年に入ってB型が散見されたものの、新型コロナウイルスの流行が始まった2月以降は、急速に患者報告数が減少しました。危惧されていた新型コロナとインフルエンザの同時流行を認めた地域もありませんでした。その理由として、同学会は、新型コロナウイルス対策として普及した手指衛生やマスク着用、三密回避、国際的な人の移動の制限等の感染対策がインフルエンザの感染予防についても効果的であったと考察しています。また、ウイルスには「あるウイルスが流行すると他のウイルスが流行しない」という『ウイルス干渉』という考え方があります。つまり、ウイルス同士で感染する相手(宿主)を奪い合う陣取り合戦が行われる訳です。新型コロナとの陣取り合戦に負けた結果、インフルエンザが流行しなかった可能性もあります

こういった状況を踏まえて、2021-2022年シーズンについてインフルエンザの流行状況を検討してみます。この検討をする際、季節が逆転して既にコロナ渦で二度目の冬を過ごした南半球の状況が参考になります。オーストラリアからの報告では、2021年流行シーズンにおいて、インフルエンザ患者数は昨年同様きわめて少数でした。このことだけをみれば、2021年~2022年シーズンは北半球での流行を認めないのではないかとも考えられます。しかし、WHOの報告では、アジアの亜熱帯地域のインフルエンザ感染状況にも言及しています。例えばバングラデシュでは、2020年後半にA型、2021年初夏よりBの流行を認めています。また、インドでも、2021年夏季にA型の流行を認めています。これらの国々では、日本に比べてインフルエンザワクチン接種が普及しておらず、地域のインフルエンザに対する免疫が低かったと考えられます。インフルエンザワクチンの接種が文化として根付いている日本にこの状況を当てはめることはできませんが、小さな流行を繰り返すことで、これらの地域でウイルスが蔓延し、今後国境を越えた人の移動が再開されれば、世界中へウイルスが拡散される懸念があります。そのため、前出の日本感染症学会は、今シーズンのインフルエンザワクチンの積極的な接種を推奨しています。

このように、今のところは「流行るかもしれないから、感染対策は引き続き行って、ワクチンも早めに打ちましょうね」という、当たり前と言えば当たり前のところに意見が落ち着いています。ただ、個人的にはもう少し思うところがあります。

まず、「今シーズン流行る」という根拠の一つになっているRSウイルスの大流行ですが、単純にインフルエンザに置き換えることはできないと思います。というのも、RSウイルスで強い症状が出るのは主に乳幼児で、流行も保育園などの集団環境で広がります。鼻水や唾液、手を介してうつる(“接触感染”する)ウイルスですので、マスクや手洗いといった基本的な感染対策が出来ない乳幼児での感染流行はなかなか避けられません。それに比べて、インフルエンザの主な感染経路は、新型コロナウイルス同様“飛沫感染“ですので、新型コロナウイルスに対する今の感染対策で対応可能です。かつ、RSウイルスと違ってインフルエンザウイルスにはワクチンがあります。毎年全人口の約1/3の方が接種しており、集団免疫とまではいきませんが、日本全体である程度の免疫は持っていると考えられます

もう一つ、これは「今シーズンは流行らない」という根拠になっている、半年前の南半球の感染状況です。例年ならば、「南半球の感染状況が概ね当てはまる」と言えます。ただ、冷静に考えると、当時の南半球の状況をそのままこれからのシーズンに当てはめるのは少し無理があります。というのも、今年の8月頃の南半球の新型コロナウイルスの感染者数は、大流行とまではいかないまでも、まだ高い水準でした。これを、前述した『ウイルス干渉』の概念に当てはめると、「新型コロナウイルスとの陣取り合戦にインフルエンザが負けたために、インフルエンザの患者数が少なかった」という可能性もある訳です。現在の日本の新型コロナウイルスの流行状況を考えると、インフルエンザの流行が勝ってしまう可能性があります(もちろん、新型コロナウイルスに勝たれても困りますが・・・)。

以上を踏まえて、今シーズンの「インフルエンザ流行る?流行らない?」を考えるポイントをまとめてみます。

「流行るかも?」を支持するポイント

  • 徹底した感染対策により、昨シーズンインフルエンザがほとんど流行せず、本来インフルエンザに対して持つべき集団免疫を持つ機会を失っている可能性がある
  • アジアの亜熱帯地方の小さな流行の繰り返しによるウイルス蔓延化の可能性がある(2021年11月8日から実施されている入国制限の見直しも懸念材料です)
  • 『ウイルス干渉』の法則から、新型コロナウイルスが小康状態を保っている今シーズンは、インフルエンザが勢いを増す可能性がある
  • 流行らない根拠の一つになっている「半年前の南半球の感染状況」は、現在の日本の状況には必ずしも当てはまらない

「流行らないかも?」を支持するポイント

  • 引き続き新型コロナウイルスに対する感染対策が徹底されており、同様に飛沫感染が主な感染経路のインフルエンザに対しても有効なため
  • コロナ以前に比べて大幅に海外からの入国者が少ない状況が続いているため(インフルエンザは、主に海外から持ち込まれます)
  • 毎年インフルエンザの流行状況を予測する有効な情報である半年前の南半球の感染状況が、昨シーズン同様きわめて少数だったこと
  • インフルエンザワクチンへの意識は依然高く、集団免疫まではいかなくても、地域の免疫力はある程度高いレベルを保てていること
  • 新型コロナウイルスの第六波が襲来した結果、『ウイルス干渉』によりインフルエンザが流行しなくなる可能性がある(最も避けたいシナリオではありますが・・・)

どちらの可能性もありますが、やはり大きいのは「徹底された感染対策」「海外からの入国者減少」「インフルエンザワクチンの普及」の三点だと思います。つまり、「流行らないかも?」側が優勢なんじゃないかと思います。陣取り合戦でいえば、インフルエンザは敗者になるのでは・・・が、現時点での私見です。

ただ、この陣取り合戦、どちらか必ず勝者(=大流行)になるわけではありません。どちらも敗者になる、つまりどちらのウイルスも流行らない可能性もある訳です。そうなる可能性を少しでも上げるため、我々が出来ることは「感染対策は引き続き行って、ワクチンも早めに打ちましょう」という・・・うだうだと書き連ねましたが、結局当たり前のところに落ち着く訳ですね💦