『代替医療』という言葉、少し前までネット上でよく聞かれました。今年6月に乳がんで亡くなられたフリーアナウンサーの小林麻央さんが受けられていた「通常医療の代わりに行われる医療」のことで、サプリメント、マッサージ、鍼灸、ハーブなどの他、一部の漢方薬や宗教的なヒーリングなども含まれます。一部の代替医療は市民権を得ていますし、かなりの市場規模を誇ります。ただ、今回の一連の報道に対するいわゆる“専門家”の方々の見解は、概ねネガティブなものだったようです。ちょっと長くなりますが、今回は私自身の代替医療に対する考え方を書いてみたいと思います。
まず、何故このような批判的な意見が多く出るのか?それは、今の医療界の風潮が関係しているんじゃないかと思います。インターネットが普及しはじめた20年程前より、最新の医学情報を“手軽”に“大量”に手に入れることが出来るようになりました。その結果、我々医療者の中に『根拠に基づく医療(evidence-based medicine, EBM)』という概念が急速に広まっていきました。「患者様に行う医療行為は、経験則で行うのではなく、根拠のあるデータに基づいた最適な方法で行いましょう」という考え方です。例えば、貴方が高血圧症の診断を受けて降圧薬を処方されるとしましょう。その降圧薬は「何となく」処方されている訳ではありません。同じ処方を受けた何万人という患者さんのデータの中から、貴方と同じような背景(年齢、性別、人種、病気の程度、その他の疾患など)をもった方々のデータを解析した報告をもとに、メリットとデメリットを天秤にかけて最も有効と判断される薬が処方されている訳です。そして、こういったデータを多く持っていることが、良い医療を行う上の条件の一つになります。特に、大学病院や地域の中核病院での診療は、こういった最新の研究結果を追いかけるのが日課になりますし、日本は大病院の医療が(良い悪いは別にして)中心になりがちですので、現在の医療界において「“根拠”のない医療はダメ!」という考えが主流になるのはある意味自然なことだと思います。その風潮の元では、病院で行われる医療に比べて一般的に根拠の乏しい代替医療は、かなり旗色の悪いものとなる訳です。
こういった背景を踏まえた上で、私の代替医療に対しての考え方は「患者様が満足していればOK!」というものです。一聴すると身も蓋もない無責任な考えと思われるかもしれません。でも、これには私なりの考えがあります。マッサージや鍼灸といった、地位の確立しているもの以外について私見をまとめると以下の通りです。
・“根拠”が確立していなくても、“結果”が出ている
確かに、代替医療は通常の治療と比べて沢山のデータを集めたうえでの検討がされていないことが多いです。時々、メディアで「効果を実感!」「喜びの声が続々!」みたいな表現を目にしますが、その多くは使われた方々の主観に基づくことが多く、客観性に欠けます。血液データなどの変化を提示していることもありますが、せいぜい数十人程度の報告ですし、「何故そういう変化が起こったのか?」といった科学的検証もされていなことが多い印象です。でも・・・青汁を飲んで元気になった方、玄米を食べて痩せた方、ハーブを使って気持ちが落ち着いた方は、実際に沢山いらっしゃいます。科学的な根拠が乏しくても、圧倒的な実績のある代替療法なら、気軽に利用してもいいのではないでしょうか?
・身体にとって必要なものは、よほど採りすぎない限り害はない
ビタミンは水溶性ビタミン(ビタミンC、ビタミンB群)と脂溶性ビタミン(ビタミンA・D・K・E)に分かれます。水溶性ビタミンは余分に摂取しても尿の中に出ていくので問題ありませんが、脂溶性ビタミンは水に溶けず脂肪や肝臓に貯蔵されるため、過剰摂取で副作用が出ることがあります。それに対して、ミネラル(カルシウム、マグネシウム、ヨウ素、鉄、亜鉛、銅など)は、多すぎても少なすぎても障害を起こす可能性があります。でも、いわゆるサプリメントに含まれるビタミンやミネラルの量は少なめですので、よほど過剰に摂取しない限り健康障害を起こすほどの量は採れません。要は、適正量を守って飲む限りは安全なのです(個人差はありますのでご注意下さい)。
・健康意識が高まる
「サプリメントなどの代替医療をしている人達は元々健康への意識が高いから、サプリメントそのものが効いているとは一概に言えない」といった意見があります。実際、私もそう思います。でも、これって非常に重要な要素です。「健康のことを気にかけて医療の情報を集めて、色々試してみて調子が良くなって、さらに健康への意識が高まって」なんて、とても素晴らしい“正の連鎖”です。これも、代替医療の利点の一つだと、個人的には思います。
・決まりきった治療を“補完”することができる
先ほど『根拠に基づいた医療』と書きましたが、現在の医療界では『物語に基づいた医療(Narrative-based Medicine, NBM)』という概念も広がっています。「その病気に至った患者さんそれぞれの物語に基づいた医療を行いましょう」という概念で、一聴すると『根拠に基づいた医療』と相反するように感じるかもしれませんが、実際にはそれぞれを“補完”するものです。『代替医療』という言葉は主にアメリカの医療現場で使われる言葉ですが、「メインの治療に代わるもの」といったニアンスが強すぎて、個人的にはあまりよい表現ではないと思います。ヨーロッパなどで使われている『補完医療』という表現の方が、「メインの治療を補助するもの」という感じがして、個人的にはよりしっくりきます。根拠に基づくことにより画一的になりがちな医療を補完するサプリメント等は、『物語に基づいた医療』を実践するために非常に有効なんです。
・「身体に良い」という意識が、心身の充実に繋がる
仏教の教えに『心身一如(しんしんいちにょ)』というものがあります。「肉体と精神は分けることができず、一つのものの両面である」という考え方で、東洋医学や心身症でもよく引用されます。代替医療は、その種類に関わらず「この治療もしているんだから健康でいられる!」といった安心感を得ることができるかもしれません。その安心感は、きっと貴方の身体をより良い方向に向かわせてくれるハズです。
そもそも病院で行われる治療が何故効果的かと言えば、プロである医療者が、個々の患者様に対して『スペシャルブレンド』をしているところです。それに対して、今回取り上げた代替医療は、「何となく自分に効きそう」といった所から始まることが多いと思います。つまり、「プロによる吟味」が抜けていることが弱点なんです。その弱点を補うのは簡単、“バリスタ”となる医師を見つければいいのです。そのバリスタの入れた、あなた好みのスペシャルブレンドコーヒー(病院での医療)をそのまま飲むも良し、そこにフレッシュやシナモン(代替医療)を足して楽しむも良し。ただ、そこでバリスタに「このコーヒーにこのトッピングって合う?」って聞いてみることが大切。・・・回りくどい言い方になってしまいましたが、貴方の健康の“羅針盤”になってくれるような先生と出会うことが、『代替医療』を有効に生かす一番の方法だと思います(皆様にとってそうなれるように頑張ります)。