9月に入り、新型コロナウイルスの新規感染者数が急激に減ってきた印象があります。もちろん、世の中の論調も、まだ「第六波に備えて、今一度気持ちの引き締めを!」といった傾向にあります。もちろん、その通りなのですが・・・人間、そんなに集中力が続くものではありません。私の立場でこんなことを言ってはいけないかもしれませんが、個人的には「ちょっと一休みしてもいいんじゃない?」と思っています(もちろん、基本的な感染対策はお忘れなく)。
それにしても、なぜ感染者数が急激に減ったのでしょう?いや、それ以前に、本来なら冬場に流行るはずのウイルスが、なぜ夏場に大きな流行をみせたのでしょうか?「繰り返し出される緊急事態宣言・まん延防止等重点措置に疲れ、感染対策の気の緩みから人流が増えてマスクの着用や3密回避の行動がおろそかになった」といった事が言われていますが、それだけであの急激な感染拡大を説明するのは無理があります。やはり、従来株よりも感染力の強いデルタ株が出現したことが、一番の原因と思われます。
では、なぜその後に急激な減少を認めたのでしょう?確かに、ワクチン接種は理由の一つだと思います。新型コロナワクチンを2回接種した人は、10月20日現在で86,088,838人、全人口の68.75%に当たります。もう少しで集団免疫を獲得する(かもしれない)レベルに到達しますが、これはあくまでも現時点での数字です。感染者数が減り始めた8月中旬の段階での接種率は30%弱でしたので、「ワクチンによる集団免疫の獲得で感染者が減った」という理論だけで説明することには無理があります。人流の減少に関しては、当時の各地の混雑状況は「多少減った」程度で、感染拡大を防ぐほどの効果はなかったと思います。
そもそも「どんなウイルスの流行も二年程度である程度治まる」といった説もあります。以下は、20世紀以降に世界で大流行した感染症です(全てインフルエンザによるものです)。
スペインかぜ(1918年~1919年)
感染者数は当時の世界人口の1/3にあたる約5億人、日本の感染者数はおよそ2,300万人で、死者は38万~45万人と推定されています。こんなに大きな被害が出て、かつワクチンも治療薬もない時代なのに、2回目の冬を過ぎた頃から収束に向かいました。
アジアかぜ(1957年~1958年)
1957年2月下旬に中国の一部の地域から始まり、シンガポールと日本を中心に全世界で感染が拡大、1957年5月にはWHOがパンデミックの発生を宣言しています。致死率はスペインかぜに比べるとかなり低く、世界での死亡者数は約200万人と推定されています。一応ワクチンはあったのですが、生産量が少なく、接種したのは一部の人だったようです。
香港インフルエンザ(1968年~1969年)
香港を中心に流行した当時未経験の型のインフルエンザ。当時大騒ぎされたようですが、死亡者数は通常の季節性インフルエンザよりも少なく、世界でも100万人程度、これも収束に2年程かかっています。
もともと感染力や毒性の低い香港インフルエンザは別として、まだインフルエンザ自体が知られておらず、ワクチンや薬といった武器を持っていなかったスペインかぜや、ワクチン接種が十分に行われなかった時代のアジア風邪がなぜ2年程度で収束したのか ―― ここに、今回の新型コロナウイルス感染症減少のヒントがあると思います。
考えられる原因として、『ウイルスの弱毒化』があります。アストラゼネカ社のワクチン開発に関わったオックスフォード大学のサラ・ギルバート教授は、あくまで一般論としてですが「ウイルスは免疫が高まった集団に広がると、時間とともに毒性が弱まる傾向にある」と指摘しました。これは、ウイルスが生き残るために必要な変化です。ウイルスは感染する相手(宿主)がいないと生きていけません。そのため、宿主が死んでしまうほど強くなってしまっては困る訳です。ウイルスにとって一番理想的な状態は、「感染力は強いけど、致死率は低い」と言えます。新型コロナウイルスは変異しやすいRNAウイルスですので、そういったベストな状態になりやすい(=弱毒化しやすい)と考えられます。
もう一つ、最近言われているのが『エラーカタストロフの限界』という説です。これは、ドイツの物理学者で1967年にノーベル物理学賞を受賞したマンフレート・アイゲン博士が1971年に発表した説で、簡単に言えば「ウイルスは変異しすぎると自滅する」というものです。新型コロナウイルスは先述した通り変異しやすいため、その分複製エラーが多数発生します。その結果、変異できる限界に達するとそれ以上変異することができなくなり、自滅が始まるそうです。この説が注目されたのは、インドでデルタ株が猛威を振るい多数の死者を出したにも関わらず、十分な対策がされる前に急激に感染者数が減ったことがきっかけです。現在の日本の状況がこの説に当てはまるなら、今後新型コロナウイルスが致命的な変異を起こす可能性は低くなると考えられます。
おそらく、今年の冬に第六波は来ると思います。ただ、それは弱毒化したウイルスによるもので、今までの流行に比べて重症者は少なくなるのではないでしょうか?冬場の発熱患者さんの増加により検査数が増えるため、見た目の感染者数は増えるけど、病院の切迫度はそこまで今まで程ではないと予想されます。そして、今後さらにワクチンが普及した上で、ウイルスの弱毒化と変異の限界により、最終的に季節性の風邪を起こすウイルスの一つになる ―― こんなハッピーな経過を想像することも、最近の感染状況なら許されるのではと感じています。
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