メディアで新型コロナウイルス感染症についての報道を目にすることはめっきり減りましたが、医療現場ではかなり多くの発熱患者さんが訪れています。もちろん、その中には新型コロナウイルス感染症の方も大勢いらっしゃいます。厚生労働省からの正式な発表がある訳ではないのですが、専門家の多くは「第10波」と言っていますし、私の肌感覚もそうだと思います。実際、厚生労働省が発表する報告では昨年11月頃にいったん落ち着いていた感染者数も、今年の1月末の報告から右肩上がりに上昇してきており、過去の大流行の時期と同等レベルにまで増えてきています。これは、新しく変異した「JN.1」という株が世界的に流行していることが理由の一つと考えられますが、何より、我々の感染症に対する意識の低下が一番の理由だと思います。これから7月の連休や夏休みに突入することを考えると、感染拡大を止めることは難しいでしょう。
ただ、私自身がより危険だと思っているのは、今年は例年以上に多様な感染症が流行しているとことです。以下の表は、毎週火曜日に更新される「感染症動向調査」の現時点での最新報告です(2024年5月27日~6月7日)。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は頭一つ抜けていますし、特に、沖縄では大流行しているのは気がかりです。というのも、過去の流行をみると、多くは沖縄での大流行から始まり全国に広がっていく傾向があるからです。
それも心配なのですが・・・。
今年の特徴は「A群溶血性連鎖球菌咽頭炎」と「手足口病」の多さです。
まず、「A群溶血性連鎖球菌咽頭炎」について。その名の通り、「A群溶血性連鎖球菌(A群連鎖球菌)」によって引き起こされる咽頭炎です。例年「春から初夏」にかけてと「冬」に3歳~15歳を中心に流行する感染症ですが、もちろん子供を経由して大人も感染することがあります。感染経路は①菌が含まれた咳やくしゃみなどのしぶきを吸い込む、②菌が付着した手で口や鼻に触れる、③食品を介して細菌が口に入るなどがありますが、新型コロナウイルスやインフルエンザほどの感染力はありません。主な症状には、突然の発熱(通常38℃以上)や体のだるさ、強い喉の痛みなどが挙げられます。首のリンパ節が腫れて痛くなることも特徴の一つです。鼻水や咳、結膜炎など、ウイルスによる上気道炎でよくみられる症状があまりないことも、後述する「夏風邪」との鑑別に有用なので覚えておきましょう。また、口腔内に特徴的な変化が現れることもあります。咽頭壁(喉の奥の壁)が赤く腫れ、上顎の奥の骨がない部分(軟口蓋)に赤や紫の小さな点が生じることがあるほか、舌に小さな赤いが複数生じる“苺舌”が見られる場合もあります。大人の場合は「痛いところに一致した」扁桃腺の腫れがあり、そこに白くてべたっとした「白苔」がついていることも特徴です。
この病気がピックアップされる理由の一つとして、多彩な合併症を認めることが挙げられます。まず、喉の辺りで膿が溜まってしまう扁桃周囲膿瘍という合併症があり、腫れの強さによっては空気の通り道(気道)を狭くしてしまい、危険な状態になることもあります。また、細菌感染症自体の特徴として、肺炎、髄膜炎、敗血症などの合併症が考えられます。これらの合併症は細菌の感染が広がることによって生じ、やはり命に関わることもあります。さらに、感染に伴う過剰な免疫反応による合併症として、急性糸球体腎炎やリウマチ熱があります。急性糸球体腎炎とはA群連鎖球菌などにかかった後に起こる一過性の腎炎で、顔や足のむくみのほか、血尿や血圧上昇などの腎臓の機能が低下した際の症状が現れることがあります。リウマチ熱とはA群連鎖球菌への感染後に関節痛や心臓の炎症による胸痛、発疹などの症状を認める病気です。いずれも主に子供に起こる病気ですが、大人にも起こる可能性はあります。
一般的な夏風邪の原因はウイルスですので抗生物質は必要ありませんが、A群溶連菌は細菌ですので、抗生物質の治療が必要になります。早期の症状緩和や周囲への感染拡大防止の他、扁桃周囲膿瘍やリウマチ熱発症予防の効果もあります。ただし、合併症予防目的での抗生物質の服用期間は10日間です。内服開始後、おそらく4~5日程度で症状は改善しますが、抗生物質は自己判断で服用を中止せず、医師や薬剤師の指示に従って飲みきりましょう。
ここからが今回のメインです。
今流行っている手足口病を始めとしたウイルス感染症は、いわゆる『夏風邪』と言われるグループの病気です(詳細は以前のブログ「今年は“夏風邪”に要注意です!」をご覧ください)。通常は7~8月頃に流行するのですが、今年は『“夏”風邪』なんていうネーミングに違和感があるぐらい、早い時期から流行し始めます。今年は夏を迎えるかなり前から平年より全国的に気温が高いことが背景にあることは間違いありません。特に「手足口病」が早い時期から流行した理由としては、あるウイルスが大流行すると、他のウイルスの流行が抑制される『ウイルス干渉』という現象があります。昨年はヘルパンギーナや咽頭結膜熱が大流行した一方、手足口病は比較的少なかったです。そのため、手足口病に対する免疫力が低下している人の割合が高くなり、その反動を受けて今年は手足口病が早い時期から流行したのではと考えます。
さらに、今年の外来で強く感じることは感染患者さんの再感染率が高い、つまり「やたらと症状が長引く方が多い」ということです。これは、私の診断力不足によるものもあると思いますが、「治ってもまたすぐ別の菌に感染する」という方が増えていることも一因だと思います。例えば、新型コロナウイルスに感染した人がいったん回復したものの、病み上がりの段階で無理をして働いてしまい、そこで次のウイルスに感染して免疫力や抵抗力がさらに落ちて、その状態に細菌による肺炎を併発して・・・といった具合です。この続けて倒れていく様子から『感染ドミノ』なんて表現もされます。先ほど述べたように今年はウイルスに加えて溶連菌も流行していますので、弱った体に細胞障害性の強い溶連菌が感染して、ひどい咽頭炎を引き起こしたり、免疫低下に伴う帯状疱疹を発症したりと、長いと1~2か月に何度も感染するということが起こりやすくなっています。
『感染ドミノ』が起こりやすくなっている原因には色々なことが考えられますが、まずはコロナ禍における徹底した感染対策による、免疫力の低下が原因として考えられます。特に、免疫力を鍛えなければいけない大切な時期にコロナ対策を強いられてしまったお子さんたちの免疫力低下は大きな原因になっていると思われます。次に、感染症との闘いに慣れ過ぎてしまった結果、病み上がりに優しくない文化が出来てしまったのでは、と個人的には思います。症状が改善した後に「取り戻さないと!」と躍起になりすぎて、仕事や家事、育児を頑張り過ぎてしまう・・・本来なら免疫がしっかり回復するまで3週間~1か月かかりますので、この間はとにかく無理をしないことに尽きます(難しいですが汗)。
どのような対策をとればいいかは、先ほどあげさせていただいたブログ「今年は夏風邪に要注意です!」をご覧ください。
まだまだ辛い夏はこれからです。それどころか、まだ梅雨寒すら来ていません。熱中症とあわせて、「早すぎる夏風邪たち」への対策も是非覚えておいてくださいね。