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お知らせ医療ブログ

「歩けちゃう肺炎!?」マイコプラズマ肺炎について

メディアでも取り上げられている通り、徐々に感染症が広がりをみせています。こちらは、毎週水曜日に更新される『感染症Weekly Report』の2024年11月25日~12月1日の報告です。

 

 

やはりインフルエンザの増加が目立ち2万例を突破しています。少し前に話題になっていた手足口病ですが、減少傾向にあるものの、実は相変わらず流行しているのです(夏の感染症だったハズですが・・・)。感染性胃腸炎が流行るのもこの時期の特徴ですし、新型コロナウイルスも、残念ながら安定の数字です。最近とりあげられているマイコプラズマ肺炎・・・意外に少ない気がしませんか?むしろ、流行っていないような・・・。これ、実は理由があります。今年の流行の特徴としては家族内発生により大人の感染者数が増えていることです。大人の方々が体調を崩して行かれるのは、概ね一般の内科クリニックになると思いますが、ここでマイコプラズマの確定診断をつけるのは難しいのです。というのも、例年は小児を中心に流行するため、検査のためのキッドを常備している内科クリニックは少ないのです。また、今シーズンは全国的に検査キッド自体が不足しているため、例年の入荷実績がないクリニックにはなかなかキッドが入ってきません。実際の臨床現場では「多分マイコプラズマです」といった説明がされますが、確定されていない以上、特にそれを報告することはありません。そのため、報告数は、実際の感染者数よりかなり少なくなっていることが予想されます。個人的な感覚としては「新型コロナよりちょっと少ない程度」といったところです。

 

マイコプラズマとは?

マイコプラズマ肺炎、肺炎なのにそれほど体力が落ちないこともあり「歩く肺炎」なんていうキャッチ―なあだ名がついていますが、色々と厄介な特徴を持っています。

まず、大前提として、マイコプラズマは細菌の一種です。インフルエンザや新型コロナと同列で話されることが多く、ウイルスの一種と誤解されがちですが、肺炎球菌やA群β溶連菌といった細菌のグループなのです。ただ、細菌の一種でありながら、他の細菌とは異なる特徴を持っています。

 

細胞壁を持っていない

いきなり小難しい話で申し訳ありません。一般的な細菌には『細胞壁』という構造物があるのですが、マイコプラズマにはありません。この違いが臨床的にはすごく大きいのです。細菌感染症を治療するために使われるのは「抗菌薬」です。抗菌薬には色々な種類があるのですが、臨床現場でよく使われる「ペニシリン系」「セフェム系」の抗菌薬は、この『細胞壁』を壊すことで細菌を倒します。逆に言うと、細胞壁を持たないマイコプラズマにとっては、痛くも痒くもないのです効果のない抗菌薬を処方されることで、症状が長引いてしまい、菌をばらまいてしまう結果を生み出します

余談ですが、抗菌薬の無駄な投与は、色々な不利益を生み出してしまいます。本来しっかりとした感染症のアセスメント(細かく病歴を聴いて、丁寧に診察して、適切な検査をして、結果を解釈する)の元、根拠を持って処方される必要があります。実際、海外ではそういった教育が徹底されているのですが、日本の臨床現場では相変わらず「とりあえず抗生物質」という、悪しき習慣が残っています。この状況を変えていくのも、プライマリ・ケア医の役目だと思っています(改めて書かせていただきますね)。

 

人間に「寄生する」!?

何とも怖い表現ですが、実際、マイコプラズマは「寄生する菌」という点も特徴に挙げられます。正確には、人間の細胞に寄生して、その細胞から栄養を吸収して生き続けます。といっても、我々の身体をどんどん蝕んでいくわけではないのでご安心下さい。マイコプラズマは、細胞の中で申し訳ない程度に“間借り”して、少しだけ栄養をもらいながら、しぶとく生き続けます。そのため、マイコプラズマに感染すると症状は慢性化しやすく、かつ漠然とした怠さが続きます。

 

増殖が遅い

寄生の仕方をみても、マイコプラズマはおとなしい、控えめな菌といった印象を持たれるのではないでしょうか。これ、ある意味正解で、増殖速度も遅いです。ただ、これも臨床において厄介な点です。つまり、初期の段階では症状が現れにくく、診断が遅れがちになります(むしろ、この進行の遅さが“マイコプラズマらしさ”であり、他の細菌感染症との鑑別ポイントです)。

 

顕微鏡で見えない!?

通常、細菌がいることを確認するために「グラム染色」という方法が使われます。これは先ほど出てきた細菌の『細胞壁』を染める方法です。――そう、マイコプラズマは染まらないのです。先ほど少し触れたマイコプラズマの迅速抗原検査も感度が50%程度と非常に頼りなく、診断をつけるのが難しい感染症なのです。

 

マイコプラズマの症状は?

マイコプラズマは、他の細菌やウイルスによる上気道感染症とは、少し異なる経過をとります。初期症状は普通の風邪と同じで、のどの痛み、咳、鼻水などがバランスよくみられます。この段階で普通の風邪と見分けることは困難です。子供は高熱を出すこともありますが、大人ではあまり熱が出ないこともあり、この点も普通の風邪に似ています。ただ、ここからが違います。マイコプラズマは普通の風邪と違って咳だけが徐々に悪化し、それがしつこく続きます。場合によって一か月程続くこともあります。この咳は痰が少ないという特徴もあります。

急に熱が出るインフルエンザとの鑑別に悩むことはないと思いますので、ここでは新型コロナウイルスとの症状の違いを挙げてみます。

 

 

個人的にポイントになると思っているのが「喉の敏感さ」です。今年は「喉がイガイガして急に咳がはじまる」「息吸った瞬間にせき込む」「寒いところに行ったら咳が止まらなくなった」といった訴えを聴く機会が非常に多いのです。これは『咳過敏症候群』と呼ばれ、低レベルの温度・機械的・化学的刺激をきっかけに生じる難治性の咳を呈する症候群です。薬がなかなか効かず、かなり厄介な症状です。

 

どうやって診断をつける?

先ほどあげたように、検査はあまり役に立ちません。痰の検査はありますが、そもそも痰が少ないことが特徴のような菌ですので行われることはあまりありませんし、前述の通り顕微鏡で見えないというジレンマがあります。血液検査で抗体の数を確認することも出来るのですが、感染してすぐに上がる訳ではないですし、後で「マイコプラズマでしたね」と言う程度の意味しかありません。では、どうやって診断するか・・・実は、診察した医師の知識と経験によるところが大きいのです。「だんだん咳が酷くなってきた。熱も出てないし、痰もあんまりない。喉のイガイガもあってダルそうで・・・マイコプラズマだな。」ってのが、実際の診断過程なのです。経過から推測するしかないため、発症初期に診断を付けることが極めて難しいことがお分かりいただけたのではないでしょうか。

 

治療は「ペニシリン系」や「セフェム系」といった一般的な抗菌薬が効きませんので「マクロライド系」と呼ばれる抗菌薬を使います。ただ、最近はマクロライドに耐性を持ったマイコプラズマが増えてきており、「テトラサイクリン系」や「ニューキノロン系」の抗菌薬を使用するのですが、これらの薬の乱用がまた色々問題に・・・って、この辺りはお医者さん側が頑張らなければならない話なので省略しますね。

 

予防は大切だけど・・・

先ほど述べたように、マイコプラズマ肺炎は「歩く肺炎」と呼ばれます。つまり「出歩くことが出来るほど軽症のことが多い」という訳です。感染してから発症するまでの潜伏期間も2~3週間と長く、さらに症状が消えた後も感染力があります。知らない間に感染を広げてしまう厄介な菌です(菌の側からみたら、非常に“頭のいい”菌なのです)。

だからといって、新型コロナウイルスのようにエアロゾル感染(病原体が空気中を漂って、しばらく感染力が続く状態)はしません。飛沫感染、つまり感染者が咳やくしゃみをすることで、周囲に菌を広めます。感染力としては、「短時間の接触時間や同じ空間にいたら感染する新型コロナウイルスはもちろん、同じ飛沫感染をするインフルエンザよりも弱い」といったところです(細菌であるマイコプラズマはウイルスの一種であるインフルエンザに比べて約50倍大きいため、遠くに飛びにくいからです)。実際、うつる確率は5.2~27.4%なんて報告もあり、これは一般的な風邪と大差ありませんMycoplasma pneumoniae infection: Basics)。ただ、「子供を中心として流行する」というところがまた厄介なところ。「比較的元気なのでマスクを着けずに学校」⇒「咳が届く範囲の友達に感染」⇒「潜伏期間でも感染力があるので倍々ゲームで流行」⇒「各家庭に持ち帰って大人たちが感染」といったパターンをとってしまいます。

基本的な感染対策は、基本的に新型コロナウイルス感染症と一緒です。ただ、エアロゾル感染ではないので、換気の有用性は新型コロナウイルス感染症ほどではありません。

なお、「うがい」については、明らかな感染予防効果について統計学的に証明されていませんので、積極的な推奨はされていません。ただ、個人的には「やるに越したことはない」と思っています。

 

学校や仕事は休むべき?

外来ではよく「学校(会社)は休んだ方がいいですか?」という質問をいただきます。この質問への返答は、意外に困ります汗 というのも、マイコプラズマ肺炎には明確な出勤/出席停止期間の基準が設けられていないのです

マイコプラズマ肺炎は、感染症法ではインフルエンザや新型コロナウイルスと同じ5類に分類されていますが、これは「自治体は感染状況の把握をしなければいけないけど、重症化等のリスクが少ないから、基本的に制約なし」というグループです。「あれ、インフレンザは5日間休め、って言われなかったっけ?」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、実はあれ『学校保健安全法』で定められているだけで、実は大人のための制限ではないのです(慣例的に残っているだけなのですね)。ちなみに、マイコプラズマ肺炎は学校保健安全法で第三種の感染症として分類されています。第三種の感染症は「症状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで出席停止」という、何ともあやふやな定義しかされていません。一般的には、解熱してから2日程度たてば日常生活に支障がないレベルと考えられていますが・・・医者泣かせなんです。かなり激しい咳が出ますので、個人的には「咳で体力を消耗していたり、夜も眠れなかったりしたら出席停止」とお伝えしていますし、大人の方もこれに準じて問題ないと思います(あとから病気休暇と認められない可能性もありますので、事前に職場とご相談いただくのが無難です)。

 

受験を控えたお子さんがいらっしゃるご家庭にとっては、本当に厄介な感染症です。ただ、やっぱり基本は日頃の感染対策です。皆さん、くれぐれもお身体ご自愛下さい。