『天気痛』という言葉をご存じでしょうか?これ、最近メディアでも取り上げられることが増えてきました。もともと『気象病』とい名前で言われていたこの病気、実は1940年前後から知られている、意外に歴史のある概念なんです。もっとも、「天気が悪くなると古傷が痛む」なんてことは恐らく有史以前からあったはずですし、雨乞いで国をまとめていた卑弥呼や、雨の中の奇襲戦で桶狭間の闘いを勝利した織田信長なども、実は今で言う天気痛だったなんて説もあります。

このように以前から知られていた病気が何故最近になって取り上げられるようになったのか?実は、この病気の原因の正体が最近になってやっと分かってきたからなんです。その正体はズバリ“耳”、正確に言うと耳の中の“内耳”という器官です。耳は大きく分けて“外耳”“中耳”“内耳”の3つに分けられ、一番奥にあるのが“内耳”です。内耳は伝わってきた音を神経の信号に変える“蝸牛”とバランスを司る“前庭”“半規管”からなり、これらの中はリンパ液という液体が入っています。

天気痛で特に大切な部分は“前庭”と、そこから脳に繋がる“前庭神経”です。少し難しい話になりますが、気圧の変化が起こると前述したリンパ液が揺れて、前庭神経が興奮します。そうすると、すぐそばの三叉神経が興奮して神経伝達物質を放出、それに反応して脳の血管が拡張して炎症物質が放出され、頭痛が引き起こされます。

また、天気によって引き起こされる頭痛以外の症状(だるさ、肩こり、腰痛など)も、内耳が原因であることが分かってきました。前庭神経は前庭や半規管から送られてきたバランスの情報を脳に送るのですが、気圧の変化に伴う情報は実際のバランス情報と“ズレ”がありますので、脳が混乱してしまいます。この混乱で自律神経が乱れ、興奮した交感神経が全身の血管を収縮させて、血液の流れが悪くなります。その結果、全身の色々な場所に痛みやコリが出たり、もともと痛い場所がさらに痛くなったり、だるさやめまいなどが起きたりするのです。

内耳を意識した天気痛のチェックポイントは以下の通りです。

「じゃあ、みんな同じように天気の変化の影響を受けるわけだから、調子が悪くなるのを予想するのも簡単(^^)v」って考えがちになりそうですが、実際に外来をしていると、結構ばらつきがあるのです。ずーと不思議に思っていたのですが、これも最近解明されてきました。内耳は「大きな気圧の変化」よりも「小さな気圧の変化」に敏感なんだそうです。その敏感さの個人差が、症状が出てくる時期の違いになります。

例えば遠い熱帯地方の上空で台風が発生したとします。もちろん、まだ日本列島の天気には何も影響がありませんが、発生した段階から非常に微細な気圧の変化を日本列島にももたらすそうです。天気の用語で『微気圧変動』というそうですが、これは従来、気圧変化のノイズのようなもので、特に重要視されていませんでした。ただ、敏感な内耳は、この変化すら拾い上げてしまいます。そのため、「天気予報で台風が発生したから、頭痛やめまいが酷くなった」なんてことが起こる訳です。もちろん、台風が近づいてきての『直接的な大きな気圧変化』も問題になります。

また、一日の中にも気圧の微妙な変化が出ることがあります。太陽や月の影響で、昼間に大気が温められて日没後に冷やされることによって起こる規則的な気圧の変化を『大気潮汐』と言い、特に気圧低下が大きくなるのが3時と15時なんだそうです。実際、救急外来をしていた時は明け方に調子が悪くて受診する方も多くみえましたし、夕方近くなって体調が悪くなり、仕事を早退する人も大勢いらっしゃいます。

つまり、天気痛は内耳の過敏性によって『大きな気圧の変化』『微気圧変動』『大気潮汐』の3つのパターンで引き起こされる可能性がある訳です(恐らく、この順番で重症度が増すのでは、と予想されます)。自分がどのパターンに当てはまるかが分かっていれば、後述する対策も早めに始められます。

ただ、自分でその規則性を探ることは、案外難しいものです。そんな時に重宝するのがスマホアプリ。『頭痛―る』『天気痛予報』(『ウェザーニュース』のアプリ内にあります)。特に、後者は天気痛の第一人者である愛知医科大学教授の佐藤先生と、ウェザーニュースが共同で開発した、まさに天気痛のためのアプリです。

さて、起きるパターンが分かったところで、次は対処法です。ポイントになるのは「内耳の血流を良くすること」「自律神経を整えること」です。

「内耳の血流を良くする」ためには、耳の周りの血流を良くする必要があります。というのも、耳のまわりの血行が悪くなると、内耳がむくんで過敏になり、天気痛を起こしやすくなるからです。内耳の血行をよくするには、耳の後ろにあるツボ(完骨)のあたりに、ホットタオルやカイロなどを当てたり、寒い季節にはニット帽やマフラーなどで、日頃からなるべく耳を冷やさないようにしたりといった、防寒対策も有効です

さらに効果的なのは「耳マッサージ」です。簡単、かつ効果的なので、是非やってみて下さい。

もう一つ重要なのが、自律神経を整えることです。ポイントを挙げだしたらキリがありませんが、大切なのは「太陽が昇っている時はアクティブに、太陽が沈んだ後はリラックスして過ごす」ことです。

具体的には

  • 毎日同じ時間に起きて、太陽の光を浴びる
  • 毎日しっかり朝食を食べる
  • 日中にウォーキングなどの有酸素運動をする
  • ヨーグルトや納豆などの発酵食品で、腸内環境を整える
  • ぬるめのお風呂にゆっくり入る
  • 就寝時間を一定にし、質の良い睡眠を心がける

最後に薬についても簡単に触れておきますね。繰り返しになりますが、治療のポイントになるのは「内耳の血流を良くすること」です。簡単に言ってしまえば、メニエール病などで使うめまいの薬を使います

内耳の血流を改善する薬

イソメニール(イソプレナリン)、セファドール(ジフェニドール塩酸塩)、メリスロン(ベタヒスチンメシル酸塩)、五苓散(ごれいさん)、柴苓湯(さいぼくとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)

自律神経を整えるために漢方薬も併用することがあります。

  • 黄連解毒湯(おうれんげどくとう):イライラやのぼせが主体の時
  • 柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)・桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう):動悸・めまいが主体の時
  • 加味帰脾湯(かみきひとう):不安・憂うつ感が主体の時
  • 当帰四逆呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくごしゅゆしょうきょうとう):冷えや腰痛が主体の時

天気痛は長きに渡り原因が分かたなかったこともあり、ともすれば「気持ちが弱いから」といった差別的なとらえ方をされてきました。これは残念ながら医療現場でも同様でした。この病気の概念が広がって、今まで苦しんでこられた方々の福音になればと願ってやみません。