20年近く前、見学させていただいていた外来に92歳のおばあちゃん(←敢えてこんな表現にさせて下さい)が受診されました。常にニコニコ微笑まれているお元気な方だったのですが、糖尿病の指標であるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が確か「7.2」程度だったと思います。確かに高めではあるのですが、今なら、合併症もなく年齢的には「このままでいいかな?」となることが多いと思います。でも・・・当時は厳しかった!そのおばあちゃんは、毎日の散歩も欠かしませんし、食事も十分制限されていたました。唯一の楽しみがおやつのお饅頭だったのですが・・・。「〇〇さん。じゃあ、そのおやつ我慢しましょう。この数字では仕方ないですよ」―― その時のおばあちゃんの悲しそうな顔、今でも忘れられません。

今なら、こんなことはないと思います。というのも、今の糖尿病の食事療法のポイントは「好きなものを食べて治す!」なんです。もちろん、その方の重症度等によって厳しい食事制限が必要になることもありますが、少なくとも合併症もなく規則正しい生活をしているおばあちゃんから、唯一の楽しみのお饅頭を奪うことはありません(^^)

まずは、私なりに考えた、『糖尿病食事療法のポイント7カ条』を挙げてみますね。

どれも大切なポイントですが、今回特に取り上げるのは⑦の「食物繊維」です。

食物繊維の大切さを理解するためには、どうしても血糖値が上がる仕組みを知っておく必要があります。少し難しい話になりますが、私たちが摂取した糖質(炭水化物から食物繊維を除いたもの)は胃で消化されて小腸に行き、最終的にブドウ糖まで分解されて吸収されます。吸収されて血液に入ったブドウ糖が「血糖」になる訳です。よく、「糖尿病で大切なのはすい臓だ」と言われますし、実際その通りなのですが、その双璧とも言える臓器が「小腸」なんです。小腸からの糖の吸収が遅くなれば、食後の血糖上昇が緩やかになり、インスリンを分泌しているすい臓の負担を減らすことが出来ます。この作用を利用した「α・グルコシダーゼ阻害薬」という糖尿病の薬がありますが、この薬と同様の働きをするのが「食物繊維」なんです

食物繊維は、野菜、豆類、海藻、キノコなどがありますが、その中でも血糖コントロールに特に大切なのが水に溶けやすい「水溶性食物繊維」です。水溶性食物繊維を糖質と一緒にとると、消化管からの糖の吸収が遅くなります。その結果、血糖値の上昇が緩やかになり、糖尿病の改善に繋がります。

栄養素・成分辞典 注目される第6の栄養素『食物繊維』(後編) | よい日々ショップ (yoihibi.jp)

特におすすめなのは「海藻類」です。海藻類には「アルギン酸」という食物繊維の一種が含まれています。わかめや昆布、もずくなどのネバネバは、このアルギン酸によるものです。このアルギン酸は食べ物が胃から小腸に送るスピードを緩やかにし、血糖上昇を抑えてくれます。それ以外にも、腸内の善玉菌を増やしたり、消化管での脂肪の吸収を抑えたりしますので、糖尿病の予防以外にも、便通の改善やメタボ対策、免疫力アップなど様々な効果が期待できます。

ちなみに、不溶性食物繊維が大切じゃない、という訳ではありません。大腸を刺激して腸の蠕動運動を促進したり、便のボリュームを増やして排便の調子を整えたりします。また、乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌を増やして腸内環境を整えたり、大腸がんの予防効果なども報告されていますので、水溶性食物繊維と合わせて、積極的に摂取しましょう。

さらに、不溶性食物繊維の中でも「穀物」は、医学的に糖尿病の発症を予防することが報告されています(下表)。こういった表はあまり馴染みがないかもしれませんが、簡単に言えば、相対危険度が1より低ければ糖尿病になるのを抑える効果があり、1より高ければ、糖尿病になる可能性を上げるということになります。この表は、「穀物は相対危険度が1よりかなり小さいため、麦ごはんや玄米といった穀物由来の食物繊維は糖尿病を予防する効果が高く、相対危険度が1をまたいでいる野菜と果物は、糖尿病を予防する効果はあまりない」、ということになります。これは、恐らく穀物には食物繊維の他に、ビタミンB1、カリウム、マグネシウム、鉄といった栄養素が豊富に含まれていることや、単純にカロリー制限による肥満防止といった効果が加わるためと思われます。

さて、話は少し逸れますが、「早食いは肥満になりやすい」なんて聞いたことありませんか?実際、早食いと肥満の関連について調べた報告があります(下表)。縦軸のBMIはボディ・マス・インデックスという指標で、「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」で求められます。22が「標準体重」で、18.5~24.9が「普通体重」、25以上が「肥満」になります。この表から、食べる速さが早くなるほどBMIが大きくなり、特に「かなり速い」と答えた中年男性では、肥満の基準である25に近づいていることが分かります。この理由は、早食いの人はしっかり噛まなくても食べられるものを好んで食べていて、それが肥満に影響している可能性が考えられます

Otsuka R, et al. Epidemiol 2006; 16: 117-24. より

次に、食べる速さと食物繊維接種量の関係をみてみましょう。下の表は、大学生女子を対象とした食べる速さと食物繊維の摂取量との関連を調査した研究です。食べる速度が速い人ほど食物繊維の摂取量が少ないことが一目瞭然ですよね。これ、他の栄養素では差を認めないんです。ゆっくり食べるための唯一の方法は、「とにかく食物繊維を多く含むものを食べる」ということに尽きると言ってもいいでしょう。

最後に、効果的な食物繊維の摂り方について。下のグラフは、日本人の食物繊維摂取量の推移です。

欧米型の食文化が広がり始めた1960年代から急激に減少し、今日に至るまで低下の一途をたどっています(個人的には、よく踏ん張ってるな、とは思いますが)。実際、1947年には1人あたり1日27gあった日本人の食物繊維摂取量が、1955年には16gになり、現在では約12gまで減っています。食物繊維の摂取量の低下は、糖尿病の発症・増悪はもちろん、腸内細菌、特に善玉菌の減少を引き起こします。その結果、免疫力が下がり感染症にかかりやすくなったり、がんの発症率が上がったり、アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー疾患が増えたり、うつ病や不安障害といったメンタルの不調を来したりします。

では、一日にどれぐらいの食物繊維を摂取すればいいのでしょうか?厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、一日あたりの目標量は、18~64歳で男性21g以上、女性18g以上となっています。つまり、今より6~9g余分に摂らなえればいけない訳です。・・・ちょっと厳しいですよね(^^;) とりあえず、一日あたりプラス3~4gを目標にしてみましょう

「よし!じゃあ頑張って野菜サラダをボールいっぱい食べるぞ!」・・・でもいいんですが、野菜サラダ一杯の食物繊維の総量は1.5g程度と、正直あまり効率は良くありません。どうせ摂るなら根菜類です。例えば、タケノコの煮物は食物繊維総量4.0g、ひじきの煮物は食物繊維総量4.5gです。また、しらたき、切り干し大根、カボチャ、ごぼう、ブロッコリー、モロヘイヤ、納豆、いんげん豆、おから、椎茸などは、一食あたりの食物繊維の量が2~3gと豊富に含まれていますので、3食に上手に組み合わせてみるといいでしょう。また、先ほど述べた玄米やライ麦パンは、食物繊維の含有量が多いうえに、主食の糖質の量を減らすことで糖質制限に繋がりますのでお得です

「糖尿病は食べて治す!」 こういう流れって、患者さんに優しい医療ですよね。20年前にこういった知識をちょっとでも持っていたら、あのおばあちゃんにこそっと「お饅頭食べても大丈夫ですよ」って言えたのになぁ~って、つくづく思います。