9月14日、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は新型コロナウイルスのパンデミックの状況について「まだ到達していないが、終わりが視野に入ってきた」と述べました。半面、WHOは「次の感染の波が今年の冬に来る」とも言っています。正直、「終わりが視野に入ってきた」は言い過ぎな気がしますが・・・ま、少なくとも悪い方向には行ってない、と前向きに解釈しておきましょう。それはそうと、今年の冬の脅威は「フルロナ」です!「おいおい、また新しい病気かよ。勘弁してよ↴」と思われるかもしれませんが、そうじゃありません。これ、インフルエンザと新型コロナを足した造語で、インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの混合感染をいいます。昨年の冬も同様の懸念はあったのですが、そもそもインフルエンザがほとんど流行らなかったため、大きな問題にはなりませんでした。ただ、今年は新型コロナウイルス感染症に加えてインフルエンザも流行する可能性が指摘されています

 

今シーズンのインフルエンザ、流行る?

下の図を見て下さい。これは、過去五年間のオーストラリアのインフルエンザ感染状況を表しています。新型コロナウイルス感染症が流行した2020年、2021年はほとんどみられなかったインフルエンザが、2022年は大流行といっていいレベルで増えているのがお分かりいただけると思います。これは、昨シーズンまでは新型コロナウイルスの行動規制が導入されていましたが、今シーズンは規制がほとんど撤廃され、人の移動が増えたことなどが影響したものとみられています。

第98回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードより

南半球の夏季のインフルエンザ流行状況は、北半球の冬季の流行状況を予測することに非常に参考になります。今後、入国緩和により海外から人的交流が増加すれば、国内へウイルスも持ち込まれると考えられ、わが国においても、オーストラリアと同様の流行が起こる可能性があります。また、過去2年間、国内での流行がなかったために、社会全体のインフルエンザに対する集団免疫が低下していると考えられ、一度流行が始まると、歯止めが利かなくなる可能性も否定できません。

つまり、今年の冬は「フルロナ」になる可能性が、過去2年間に比べて格段に高いと言えるのです

『フルロナ』の感染率は?

新型コロナウイルスに感染した人のうち「フルロナ」になる割合についてはいくつかの報告がありますが、どれも決め手になるような報告ではなさそうです。中には「5割以上の重複感染!」なんていう中国武漢からの報告もありますが、さすがにこれは高すぎです。イギリスで1年半以上にわたって約7000人の患者のコロナウイルス感染症患者を調査した報告では、約3%の人がインフルエンザウイルスにも感染していたとのことで、イメージとしてはこの程度の割合なのでは、と思います1)。一見少なそうに感じるかもしれませんが、新型コロナウイルスの感染者数を考えると、決して侮れない数字です。ただし、この論文ではRSウイルスとの重複感染が3%、アデノウイルスとの重複感染が2%と報告していますので、インフルエンザだけが“特別”という訳ではなさそうです。ちなみに、大人と比べて子どものほうがインフルエンザの重複感染率が約7倍高かったという報告もありますので、大人よりも子供たちへのフルロナ感染の方が問題になるかもしれません2)。

 

『フルロナ』は重症化する・・・かも

ただ、“特別”じゃないのは重複感染率だけで、なってしまった時の大変さは“特別”かもしれません。日本ではまとまった報告がありませんので海外のデータになりますが、新型コロナウイルス感染者全体の0.6%にインフルエンザウイルスへの感染があったのに対して、重症患者では2.2%にインフルエンザの感染があったと報告しています2)。また、動物実験のレベルでは、インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの重複感染は、肺炎の長期化と重症化を招くと、長崎大学からの報告があります3)。

一番インパクトのある報告は、新型コロナウイルス単独の感染に比べて、インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの重複感染は、人工呼吸器を必要とするリスクが4.14倍、入院中の死亡リスクが2.35倍まで上昇するというものです。この研究では一般的な呼吸器感染症の原因ウイルスであるRSウイルスやアデノウイルスでも検討しているのですが、重複感染しても特に重症化リスクは上がらなかった、とのことです2)。

これらの報告の多くは、現在流行しているオミクロン株とは違う症例も多く含みますので、この数字をそのまま鵜呑みする必要はありません。とは言え「インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの重複感染は重症化のリスクを上げる」と考えておく方が無難です。

インフルとコロナ、見分けられる?

新型コロナウイルス感染症が流行し始めた当時、発熱がほぼ必発であったり、肺炎合併の割合が高かったり、味覚・嗅覚障害が目立ったりと、それなりに「典型的なコロナのパターンこんな感じ」みたいなものがありました。では、現在流行しているオミクロン株の症状はどうでしょう?下の図は、新型コロナウイルス感染症の動向を毎回わかりやすくまとめていただいている大阪大学医学部の忽那賢志教授の作成された、オミクロン株の症状をまとめたものです。ご覧の通り、多種多様な症状を呈しますので、正直、症状だけで「これはコロナっぽい!」と言い切るのは難しいです

英国で行われたオミクロン株感染者18万人の臨床症状に関する調査

それに対して、インフルエンザは38℃以上の高熱、強い悪寒、頭痛、筋肉痛、関節痛、全身の倦怠感などが主な症状です。発症から1~3日後に、遅れて喉の痛みなどの呼吸器症状が現れる傾向があります。・・・症状、コロナとまる被りです💦 強いて言えば、コロナの方が喉の症状がより目立つ印象がありますし、インフルエンザではくしゃみがあまり目立ちません。また、オミクロン株が主流になってからは新型コロナウイルス感染症でも発熱を伴わない場合も多くみられますが、インフルエンザの場合、発熱は高率にみられますし、概ね高熱を伴います。「喉の痛みや咳、鼻水などがあるけど熱はない」場合は、インフルエンザの可能性は低いと考えていいのではと思います

予防の柱はワクチン!なのですが・・・

令和4年7月22日に開催されたワクチン分科会の審議会で、インフルエンザワクチンと新型コロナワクチンの同時接種が承認されました。一般的にワクチンを同時に接種した場合、それぞれが獲得できる抗体の量が減ってしまう「免疫干渉」という反応が問題になるのですが、この二つのワクチンは同時に接種しても、単独で接種した場合と比較して、有効性や安全性が劣らないと判断されたためです(ちなみに、それ以外のワクチンとの同時接種に関しては、安全性に関する十分な知見が得られていないことから、原則的に13日以上空けることとされています)。同時に接種する場合、新型コロナウイルスワクチンを打った後、その場で反対側の腕にインフルワクチンを打つことになります。・・・結構ハードな気がしますが💦

ただ、「同時接種OKですよ」と言われても、令和4年9月23日現在4回目接種が認められているのは「60歳以上」、「60歳未満で基礎疾患を有している」、もしくは「医療従事者、高齢者施設勤務者」のみです。3回目の接種が終わっていない方は大丈夫ですが、これらの条件を満たさず、すでに3回目の接種が終わっている方は「インフルエンザと新型コロナの ワクチンを同時に打ちたい」と希望しても出来ないのです。逆に言えば、「3回目接種が終わっている60歳未満で基礎疾患のない方がフルロナに対抗するためには、現時点ではインフルエンザのワクチンを打つぐらいしかない」ということです。ちょっと心もとない感じがしますが、今シーズンのインフルエンザワクチンの供給量は過去最多と発表されていますので、とりあえずインフルエンザワクチンだけでも打っておきましょう

個人的な「もう一つの懸念」

我々医師が診察をする時、医学的な知識やデータを基に行っているのはもちろんですが、「臨床的な勘」も同じくらい、むしろより大切な要素になっています。「多分この病気だな」「重症度はこの程度かな」「こんな感じの経過とるだろうな」なんてことを考えながら診察を進めています。「何となくこの感じはやばいかも!?」みたいな勘に助けられたことも多々あります。それは、多くの患者さんを診察させて頂いて初めて身に付くもので、我々臨床医にとっての「財産」です。インフルエンザにおけるこの「財産」が、ここ2~3年医療界全体で減ってしまっているんじゃないかと感じています。毎冬、ウンザリするぐらい(すみません💦)沢山のインフルエンザ患者さんを診察させていただいていましたが、新型コロナウイルスが流行してからは、診察する機会が激減しています。インフルエンザの流行期に入った時、以前と同じような勘がすぐに戻ってくるか・・・もちろん、頑張って戻しますが。

特に心配なのが、救急外来を守ってくれている研修医の先生方です。立場上、研修医の先生と接する機会が多いのですが、インフルエンザの患者さんを診察した経験がない先生も大勢いらっしゃいます。もちろん、研修医の先生達には全く非はありません。でも、確実にインフルエンザに対する「財産」が足りていません。恐らく来るであろう新型コロナウイルスの第八波。それに加えて、インフルエンザの怖さを経験せずに流行期に臨む今冬は、日本中の救急外来で様々な問題が起こってしまうのでは・・・無駄な懸念に終わればいいのですが。

 

それでも、もしかしたら・・・

繰り返しになりますが、今シーズンはインフルエンザと新型コロナの同時流行に注意が必要です。新型コロナが相対的に弱毒化してきたとはいえ重症化リスクが上昇するフルロナは、できれば避けたいものです。もちろん、ワクチンを始めとした出来る限りの感染対策をするしかないのですが、結局、“マスク”、“手洗い”“うがい”、“消毒”、“三密回避”など、新型コロナウイルスが流行して以降、皆さんが気を付けてきたことの繰り返しです。日本の感染対策は世界一だと思いますし、実際、ここ2シーズンのインフルエンザを抑え込んできました。南半球でインフルエンザが流行ったとしても、世界一の対策をしている我々なら、もしかしたらインフルエンザの流行を防げるのでは・・・そんな期待も個人的には持っています。

 

1)SARS-CoV-2 co-infection with influenza viruses, respiratory syncytial virus, or adenoviruses. Lancet. 2022;399:1463-1464.

2)Dao TL, et al. Co-infection of SARS-CoV-2 and influenza viruses: a systematic review and meta-analysis. J Clin Virol Plus. 2021; 1: 100036.

3)J Yasuda et al: Co-infection of SARS-CoV-2 and influenza virus causes more severe and prolonged pneumonia in hamsters. Scientific Reports, 11:21259, 2021.