全数報告をしなくなり、「東京都の今日のコロナ患者の数」みたいなニュース速報も、ずいぶん昔のことのように感じます(当時も、「地方のニュースでこんな速報いる?」なんて思っていましたが・・・)。外来でも検査を希望される方が明らかに減りました。ただ、発熱患者さんの数に関しては、実感として明らかに増えています。実際、新型コロナウイルス感染症法上の位置づけが5類に移行した後、様々な感染症が増えてきています。下の図は、国立感染症研究所が毎週発表している感染症動向調査週報(6月13日発表)の5月29日~6月4日の報告です。

報道の通り、これだけ暖かくなってもインフルエンザウイルスの報告は続いていますし、新型コロナウイルスも安定の?報告数です。特にRSウイルスの増加傾向が顕著で、前年比で約10倍になっています。ただ、個人的に一番気になるのは、ヘルパンギーナや手足口病など、いわゆる「夏風邪」の増加です。特に、ヘルパンギーナは前々週(2,276例)、前週(4,154例)から大幅に増加しています。これは、新型コロナ流行期の徹底的な感染対策により、しばらく流行が抑えられていたウイルスに対する免疫力が低下したためと言われていますが・・・なんとも皮肉なものです。

つまり、今年の夏は、例年以上に「夏風邪に注意!」な夏なのです。

夏風邪って何?

ところで、普段当たり前のように言っている「夏風邪」ってどんなものかご存じでしょうか?「夏にかかる風邪でしょ?」と言われればその通りで、実際、梅雨の時期から夏にかけて流行するウイルス感染症を指します。代表的な原因ウイルスはアデノウイルスコクサッキーウイルスエンテロウイルスなどですが、これらは冬に流行るウイルスが一般的に低温で乾燥した環境を好むのに対して、高温多湿の環境を好みます。また、いずれも感染力の強いウイルスです。夏は食欲も体力も落ち気味になったり、エアコンで冷やしすぎたり、冷たいものをとり過ぎたり、寝不足が続いたりと、ただでさえ免疫力が落ちやすい季節ですので、この感染力の強さは厄介です。さらに厄介なことに、一度ウイルスに感染すると腸の中で増殖することが多く、体の外に排出されるまでに時間がかかり、症状が長引くこともあります(「夏風邪は長引く」というイメージは正解なのです)。

夏風邪の症状は、いわゆる風邪の症状(熱、喉の痛み、咳、鼻水、頭痛、寒気、だるさ)や、腹痛・下痢などの消化器系の症状を認めることが一般的です。さらに、夏風邪を引き起こす代表的な3つの病気についてまとめてみます。

プール熱(咽頭結膜熱)

主にアデノウイルスにより発症します。“アデノ”には「扁桃腺(喉)」や「リンパ腺」という意味がありますが、プール熱はその名の通り強い喉の痛みを特徴とします。プールの水を介して流行していくので「プール熱」と呼ばれていますが、それ以外でも移ります。「プール熱」なんて言われると夏を想像しますが、夏以外にも認めることがあります。15歳未満の子供が発症することが多いのですが、大人も感染しますし、感染すると重症化しやすいので注意が必要です

  • 原因ウイルス:アデノウイルス
  • 潜伏期間:5~7日
  • 感染源:喉の分泌物、目やに、便などの経口感染、もしくは飛沫感染
  • 症状:高熱、のどの痛み、結膜炎、頭痛、吐き気、下痢

4~5日にわたり39~40℃の高熱をきたし、強い喉の痛みを訴えます。また、子供の場合は3/4程度の結膜炎を認め、首や耳のあたりのリンパ節が腫れます。熱が下がった後も、元気が出ない時期が続きますので、少なくとも解熱後(できれば喉の痛みがなくなった後)2日程度は休むことをお勧めします。

手足口病

口の中や手足などに4~8mm程度の、水を含んだようなぶつぶつの発疹がでる感染症で、主にエンテロウイルスコクサッキーウイルスが原因になります。5歳未満の小児が80%を占めますが、大人にも感染する可能性はあります。熱が出ることもありますが、高熱になることはほとんどありません。もし高熱が出て、頭痛や吐き気を伴う場合は脳炎や髄膜炎の可能性があり要注意です

  • 原因ウイルス:エンテロウイルス、コクサッキーウイルス
  • 潜伏期間:3~6日
  • 感染源:鼻や喉の分泌物、水疱内容、便などの経口感染、もしくは飛沫感染
  • 感染期間:喉からは1~2週間、便からは3~5週間
  • 症状:口の中、手のひら、足の裏、足の甲などに水疱性の発疹(1週間程度で消失)

“エンテロ(腸)”という名前が示す通り便からの接触感染がありますので、オムツ交換時や、ドアノブ、レバーなどに付着したウイルスに触れて感染することが多いです。一か月後ぐらいに手足の爪がはがれることがありますが、新しい爪が生えてきて自然に回復しますから安心して下さい。流行阻止の有効な手段はありませんが、感染率自体はそれほど高くありませんので、隔離の必要はありません。元気になれば登校や出勤は可能です。

ヘルパンギーナ

毎年5月から9月頃にかけて、5歳以下の乳幼児に流行します。発熱やのどの痛みが生じ、のどに水泡ができるのが特徴です。コクサッキーウイルスが原因になり高熱、喉の痛み、嘔吐や腹痛をきたしますが、小児の場合、基本的には数日で回復します。しかし、大人が感染すると、小児より重症化することが知られています

  • 原因ウイルス:コクサッキーウイルス
  • 潜伏期間:2~4日
  • 感染源:鼻や喉の分泌物、便などの経口感染、もしくは飛沫感染
  • 感染期間:喉からは1~2週間、便からは3~4週間
  • 症状:急な高熱(40℃以上)、のどの痛み、吐き気や嘔吐、腹痛(25%)、3~7日で軽快

コクサッキーウイルスは主に口の中でヘルパンギーナを引き起こし、左右対称で小さな水ぶくれ(水疱)が出来るのが特徴です。多くは軽症で合併症を伴いませんが、稀に無菌性髄膜炎を発症することがあります。比較的感染期間の長いウイルスですので、解熱して喉の痛みがなくなるまで4~5日休むことをお勧めします。

手足口病とヘルパンギーナの違いは?

手足口病とヘルパンギーナは、流行期が一緒で、さらに口に水疱ができ、熱があるなど、見分けることが難しい場合も多々あります。手足口病では、口の中以外に手や足に発疹が見られますが、ヘルパンギーナではみられません。熱の程度も違い、一般に手足口病の場合は37度台のことが多く、熱がないこともあります。見た目は派手ですが、比較的元気な場合が多いです。それに対してヘルパンギーナは40℃前後の高熱が突然出ます(「夏なのにインフルエンザっぽい?!」なんて時に疑います)。当然、かなり辛いですし、脱水も心配ですので、早めの医療機関受診をお勧めします。

夏風邪の特効薬はありません!

残念ながら夏風邪に特効薬はありません。すべてウイルスの感染によって引き起こされますので、細菌感染症の治療に用いられる抗生物質は無効です(むしろ副作用が出やすくなるので飲んではいけません)。まずは安静にして、脱水にならないよう十分な水分補給を行ってください。食事は揚げ物や炒め物はひかえ、おかゆや野菜スープなど胃腸にやさしく、ノドの通りの良いものを摂るようにしましょう。十分睡眠をとることも非常に大切です

インフルエンザやCOVID-19のような簡易検査も一般的には行いませんし、市販薬でも十分対応可能な場合が多いので、自宅でゆっくり過ごすことをお勧めします。しかし、夏風邪は下痢を起こすことが多く、下痢を起こすと脱水症状にもなりやすいので、明らかに元気がないときは病院受診を躊躇しないで下さい。特に、ご高齢の方は、熱で体がだるいと脱水症状に気づきにくいので要注意。むしろ、熱が高いと「布団をかぶって無理に汗をかいて治そう」なんて方もいらっしゃるかもしれません。季節を問わずこの対策は基本的に間違いですし、夏期は特に体力を消耗しやすいのでやめましょう。水分を十分に摂ってぐっすり眠り、体力の回復を心がけてください。

少し注意が必要なのはマスクの使い方です。COVID-19対策で「濡れマスク」が効果的なことは、聞いたことがあるかもしれません。実際、夏風邪でも喉の症状が軽い場合は、乾燥によるウイルスの繁殖を防ぎますし、症状の緩和にも繋がります。ただし、先ほどお話した通り、夏風邪のウイルスは多湿で不潔な環境を好みますので、マスクは早めに交換し、常に清潔なものを使用してください。接触感染も多いので、何度も使うことは避けて下さい。

夏風邪の対策はとにかく予防です

特効薬がない以上、夏風邪対策のメインは予防です。マスク・手洗い・うがい・・・我々がすっかり得意になったこの3つは基本中の基本です。ただ、行うことは同じでも、その比重はCOVID-19とちょっと違います。咳やくしゃみなどの飛沫感染もありますが、手から直接うつる接触感染の対策がより重要になります。また、夏風邪の原因ウイルスが高温・多湿を好む性質から、いかに湿気を取り除くかもポイントになります。

  • ウイルスを口から入れてしまうことで、お子さんから大人に感染してしまうケースが多いです。気持ちは分かりますが、調子の悪いお子さんの食べ残しは食べないようにしましょう。
  • 湿って汚れたタオルには、夏風邪のウイルスが繁殖しやすいため、トイレや洗面所のタオルの使いまわしはしないようにしましょう。
  • 実は、目からの感染も結構みられます。目の表面を潤してウイルスを洗い流すために目薬が役に立つ場合があります。
  • 睡眠中には200~400㏄の汗をかきます。湿った布団はウイルスを繁殖させますので、寝室の除湿を行ったり、布団に除湿シートを敷くなど工夫をしましょう。
  • 症状が治まってからも2~4週間はウイルスが便と共に排泄されます。お子さんのトイレやおむつの処理に注意し、処理したのちは念入りに手を洗ってください。

また、そもそもの免疫力を高めておくことも重要で、そのためには自律神経のバランスを整えておく必要があります。特に、エアコンで室内と室外の気温差や湿度差が大きくなると、自律神経が乱れ、発汗などによる体温調節ができなくなり、免疫力が低下します。外出の際やオフィスなどでは上着やひざ掛けなどを利用し、できる限り寒暖差を防ぎましょう。脱水予防のための水分補給も大切ですが、特に白湯は胃や腸を温めることで自律神経を穏やかにしてくれますので一石二鳥です。寝不足も自律神経を乱れさせる大きな原因になります。特に夏の夜は寝苦しくて睡眠不足になりがちです。睡眠が足りないと感じている方は、積極的に昼寝(20分以下)を取り入れてみて下さい。

そして、特に大切なのは食事です。以前のブログ(夏バテ予防にはこの食材!)で掲載した『夏バテ予防食材トップ10!』を載せておきます。

それでも、もし夏風邪をひいてしまったら・・・特にお勧めの食材はこちらです。

生姜

生姜には、「ジンゲロール」「ショウガオール」という2種類の成分が含まれています。特に、生の生姜は、発汗を促す「ジンゲロール」が豊富に含まれていますので、汗で余分な熱を取ってくれることから、夏バテ防止に効果的です。さらに、「ジンゲロール」には、免疫細胞の活性化や血流促進、殺菌作用などがあり、感染した後でも摂取したい食材です。ちなみに、生姜を加熱すると増える「ショウガオール」は身体を温める効果があるので、一般的には冬場にとることがお勧め。でも、夏でもエアコンで身体が冷えたり、冷たい飲み物をとり過ぎたりした時は効果的です。

ねぎ

ねぎには、消化器や循環器の機能を整える働きや、利尿や発汗を促し、血液中の老廃物などをきれいにして免疫力を高める働きがあります。また、独特の匂いの素である「アリシン」という成分は、強力な殺菌効果があり、摂取することにより喉や口の中のウイルスの繁殖を抑えることができます。また、疲労の原因物質である乳酸を分解する作用もありますので、暑さで弱った身体に効果的です。さらに、エネルギー代謝や疲労回復に大切なビタミンB1は、「アリシン」を含む食品と一緒に食べると吸収が良くなります。ちなみに、「アリシン」は青ねぎよりも白ねぎの方が多く含んでいますので参考までに。

しそ

さわやかな香りを添えてくれるしそですが、ビタミンやミネラルを豊富に含んだ栄養価の高い野菜です。実は漢方薬にもよく使われており、発汗作用や解熱作用、胃液の分泌を良くして胃腸の働きを整える作用、魚介類による食中毒時の解毒・予防などの効果があります。そのため、お腹の調子を崩しやすい夏風邪には最適な食材と言えるでしょう。また、しそ独特の香り成分である「ペリルアルデヒド」には強い抗菌作用があり、食中毒の予防に効果があるといわれています。

やっとコロナに振り回される生活が終わったと思ったのも束の間 ―― やはりウイルス達は我々より一枚も二枚も上手なようです。今までの感染対策の真価が問われるのは、実はこれからなのかもしれませんね。