新型コロナウイルスの感染症法上の分類が変わってから2か月、大方の予想通り、感染の再拡大が始まっています。報告の仕方が大きく変わりましたので皆さんも実感が掴みにくくなっていると思いますが、外来をしている感覚としては、「2022年11月~2023年3月までの第8派ほどではないけど、2022年7月~10月までの第7波より多いかも」といったところです。さらに、ヘルパンギーナなどのいわゆる“夏風邪”も流行っていますので、発熱外来はなかなかの賑わいです。

ただ、以前と大きく変わったことがあります。「可能性が否定できませんので、コロナの検査しますか?」「いえ。結構です」といったやり取りが随分増えました。また、2類に分類されていた時期には職場からの指示で検査をすることも多かったのですが、最近はそういったことも減りました。また、正直に言うと、我々医療者側も「無理に検査しなくてもいいかな?」といった意識が芽生え始めているのも事実です。検査自体が有料になったことや感染後の自宅安静の義務化がなくなったこともありますが、何より「新型コロナは重症化しないから」といった、“何とな~くのイメージ”もあるのではないかと思います。・・・本当にそうでしょうか?

インフルエンザと同じになった?

そのイメージが広がった理由の一つとして、「新型コロナウイルスの強さが、季節性インフルエンザウイルスと同程度になったから」という認識の広がりがあると思います。実際、昨年12月に行われた新型コロナウイルス感染症対策アドバイザーリポートで、現在も流行の中心になっているオミクロン株が主流になった2022年7~8月の重症化率は60歳未満で0.01%、60~70歳代で0.26%、80歳以上で1.86%まで低下し、致死率も季節性インフルエンザ並みまで低下していると報告しており、実際、これが5類に変わった根拠の一つになっています。

年齢別にみた新型コロナウイルス感染症の重症化率/致死率(第111回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーレポート(令和4年12月21日)より)

新型コロナウイルス自体の弱毒化やワクチン接種率の増加、重症化リスクの高い方への治療薬の適応などがその理由だと思いますし、 2022年11月に承認されたゾコーバRのように「重症化リスクがなくても使える薬」も出てきましたので、分類変更自体は間違っていなかったと思います。

ただ、そもそも「重症化率がインフルエンザと同程度になった」ということが「新型コロナウイルスにかかっても大丈夫」に結びつけていいのでしょうか?というのも、流行株のメインがオミクロン株に移ってからは、新型コロナウイルス対策のポイントは“重症化を防ぐこと”よりも“経済活動を維持すること”に移っていました。その観点からいくと、「重症化しなくなったから大丈夫」と簡単に結論付けることはできない訳です。

ここで改めて、感染拡大の視点から新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの違いについて考えてみます。

感染経路の違い

まず、基本的なところで「感染経路の違い」です。一時期テレビで毎日のように流れていましたので聞き馴染みもあるかと思いますが、ウイルスの感染経路は大きく「空気感染(漂い続ける)」「エアロゾル感染(しばらく漂う)」「飛沫感染(すぐに落ちる)」「接触感染(触ってうつる)」「経口感染(食べてうつる)」に分けられます。インフルエンザウイルスの感染経路はほとんど「飛沫感染」ですので、くしゃみや咳で飛沫が飛ぶ1~2メートル以内の人は感染のリスクになりますが、同じ部屋の中にいても、離れていればあまり問題にはなりません。新型コロナウイルスも飛沫感染がメインではありますが、水蒸気などにウイルスが付着してしばらく漂う「エアロゾロ感染」も多くみられます。これは、数十メートル浮遊し、かつ3時間程度は感染性を有して空気中を浮遊し続けますので、よほど換気がされているか、非常に広いスペースでない限り、その部屋の中にいる人全員に感染リスクがある訳です。特に「どんな人がいるか分からない、大きな声で話す、換気されていない狭い居酒屋」なんかは、新型コロナウイルス感染においては最悪の場所といえます。

感染時期の違い

次にポイントになってくるのは「感染させやすい時期の違い」です。季節性インフルエンザの場合、発症後1~2日の間のウイルス排泄量が多く、その時期が感染性のピークです。そのため、人に感染させるのはほとんど発症後になりますので、「感染が確認できたらすぐに自宅安静」で対応可能です。それに比べて、新型コロナウイルスは発症の2日ほど前から排泄量の大幅な増加を認めており、発症する前から人に感染させる危険性があります。そのことを考えると、以前あった「感染者と同居の家族も自宅待機」という対応は、感染拡大防止の観点からは非常に理にかなった対応だったと言えます。

集団感染発症場所の違い

さらに、「集団感染が起きやすい場所」も違います。下の図は、以前厚生労働省が定期的に発表していた「新型コロナウイルスクラスターの発生場所」の報告(令和5年4月23日更新)です。圧倒的に医療機関や福祉施設といった、高齢者の多い環境で発生していることがお分かり頂けるかと思います

集団感染等発生状況

厚生労働省 データから分かる新型コロナウイルス感染症情報(2023年4月23日更新)

これには様々な要因が考えられますが、「新型コロナウイルスは、高齢者の方がかかっている割合が少ない」ことが原因の一つと考えられます。それを確認するために「N抗体」を測定する、という方法があります。新型コロナウイルスに限らず、体に入ってきた異物のことを「抗原」、それを無毒化するために我々の免疫が作り出したものを「抗体」といいます。少し小難しい話で恐縮ですが、新型コロナウイルスの持っている抗原には「N抗原」と「S抗原」があります。それに対する抗体は、ともにウイルスに感染することによって作られますが、「N抗原」に対しての「N抗体」は、ウイルス感染時にのみ作られます。ワクチン接種が進んだ現在では「N抗体」を持っていることが、「新型コロナウイルスにかかったことがある」といえます

この知識を踏まえて、以下のデータをご覧ください。これは、令和5年2月下旬に献血に訪れた16歳~69歳の1万3121人の血液を調べ、N抗体を持っている人の割合を分析した厚生労働省の報告です(令和5年3月13日発表)。

男女ともに、全体の40%以上の人が新型コロナウイルスに感染しており、特に若い人ほどすでに感染していることがわかります。逆に言えば、全体の6割、特に高齢者の7割以上は感染したことがないのです。コロナ禍に感染対策を頑張り、しっかりワクチンをうたれてきた成果とも言えますが、若い方々より、より感染しやすい状態にあるとも言えます

ちなみに、インフルエンザの集団発生に対しての全国的な調査結果は見つけられませんでした。下の表は、東京都が発表した、2018~2019年、および2019年~2020年のインフルエンザ集団発生の統計です。我々のイメージ通り、やはり保育園、小学校など子供たちの中で流行することが分かります。ここも、新型コロナウイルスとの大きな違いの一つです。

インフルエンザの状況【2019年~2020年】|ALSOK

まとめると、新型コロナウイルスはインフルエンザに比べて①エアロゾロ感染(しばらく漂う)もする、②症状がなくてもまき散らしている可能性がある、③リスクの高い高齢者でより広がりやすい、といった特徴がある訳です。「重症化リスクがインフルエンザと同等になったから大丈夫」とは言えないことが、お分かりいただけたのではないでしょうか

改めてワクチンについて

さらに踏み込んで、ワクチンの話もしましょう。現在、65歳以上の高齢者、および基礎疾患を有する方々に対する6回目のワクチン接種が進んでいます。今までの接種に比べてややスロースタートだった気がしますが、最近の感染再拡大の影響からか、65歳以上の方々の多くは6回目のワクチンを受けられています。若い世代の6回目接種は今年の9月以降に始まりますので単純には比較できませんが、おそらく接種率はかなり低くなりのではないかと思います。次の表は、首相官邸ホームページで発表されている年代別のコロナワクチン接種率です。40歳代以下の方々は、そもそも3回目の接種も行っていません。理由は様々だと思いますが、その方々が、今後積極的にワクチンをうたれることは考えにくいでしょう。

新型コロナワクチン年齢階層別接種割合(首相官邸ホームページより)

重症化しないならワクチンは不要?

若い人たちの中には「自分は一度コロナにかかって免疫を持っているから、ワクチンをうつ必要がない」なんて思われている方もいらっしゃるかもしれません。確かに、過去に感染した人は、先ほど説明した「N抗体」を持っているため、「免疫を持っている」という意味では間違いではありません。でも、それがイコール「ワクチンをうつ必要がない」となる訳ではありません。新型コロナウイルスに一度感染した人でも、獲得した免疫が時間とともに減衰したり、ウイルス自体が変異したりすることにより再び感染してしまうことはよくあります。では、感染者がワクチンをうつことで、どれくらいの再感染の予防効果があるのでしょうか?下の図は、16歳~64歳の新型コロナウイルスに感染した後にワクチンをうった人と、うっていない人の270日間の再感染率を比較したものです。デルタ株流行時のデータなのでオミクロン株が主体の現在の状況にそのまま当てはまらないかもしれませんが、ワクチンを接種した人の270日後の再感染を予防する効果は約82%と、極めて高い有効性が報告されています

Hammerman A, Sergienko R, Friger M, et al. Effectiveness of the BNT162b2 Vaccine after Recovery from Covid-19. N Engl J Med 2022; 386: 1221-9.より

その他、新型コロナウイルスに感染した方々に対してのワクチン接種で、再感染予防効果が数年にわたり持続する報告や、再感染時の重症化や入院率を低下させた報告、獲得する免疫の守備範囲が広がり新たな変異ウイルスにも対応しやすくなるという報告など、有効性に対する様々な報告がされています。

そして、もう一つ重要な点として、新型コロナウイルスに感染した後にみられる後遺症(新型コロナウイルス罹患後症状;long COVID)の発症に対する効果です。『新型コロナウイルス罹患後症状』は、新型コロナウイルスに感染して治療や療養が終わった後も、倦怠感や咳などの症状が続いたり、一度体調が良くなった後に、再び症状が出てくる状態で、 WHO(世界保健機関)の定義によると、「新型コロナウイルス感染症後の症状で、少なくとも2か月以上持続し、また、他の疾患による症状として説明がつかないもの」とされています。代表的な症状は以下のようなものです。

いずれの症状も、症状が強い時は外出することも困難になる場合がありますし、通常はこれらの症状がいくつも重なって起こりますので、仕事や学校に行くことはもちろん、日常生活を送るだけでも苦痛に感じます。そして、これらの症状の最も辛いところは「検査に異常を認めないことが多く、病気として認知してもらいにくい」というところです。極めて強い体の症状があるにも関わらず、検査に異常がないことから「心が弱いからだ」といった間違った認識を周囲に持たれてしまうこともあり、精神的なストレスも非常に大きな病気です。

さらに苦しい点は、「その症状がいつになったら治まるのか分からない」という点です。下の図は厚生労働省の罹患後症状マネジメント編集委員会が発表した「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント」に掲載されている罹患後症状の経時的な変化をまとめたものです。新型コロナウイルスに感染してから一年が経過しても、まだ後遺症に悩まれている人が大勢いらっしゃることがお分かりいただけるかと思います。

代表的な新型コロナウイルス罹患後症状の経時的変化

「苦しいのに理解してもらえず、かついつまで続くか分からない」という、とにかく苦しい後遺症ですが、これは、必ずしも新型コロナウイルス感染症の重症度が高かったり、年齢が高かったりしたら出やすい、という訳ではありません。次の図を見てください。

第99回 東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議(令和4年8月25日)資料より

これは、東京都の都立病院機構の外来を受診した新型コロナウイルス感染症の後遺症が疑われる119の症例を年齢、性別、発症時の重症度に分けてまとめた報告です。症例は令和4年1月1日以降のもので、すでに大部分がオミクロン株に置き換わった時期のもの、つまり、今と同じ条件におけるデータです。むしろ、30代以下の若い世代や軽症例の後遺症発症率が高いことが分かります。つまり「若かろうが、軽かろうが、後遺症が出る可能性がある!」という訳です。

このように、若い世代での後遺症発症率が高い理由の一つとして、ワクチン接種率の低さが関連しているかもしれません。全世界で新型コロナウイルスに対するワクチン接種が始まって3年、後遺症発症に対するワクチンの効果について、様々な報告がされています。

新型コロナウイルスワクチンのlong-COVIDに対する効果

またまた小難しい表で申し訳ありません。これは、新型コロナウイルス罹患後症状に対してのワクチンの有効性に関して評価した、代表的な研究をまとめたものです。慣れていない方にとっては読みにくい表だと思いますが、簡単に言ってしまえば「真ん中の1より数字が小さければ小さいほど、後遺症を抑えることに対してワクチンが有効」ということです。それぞれの研究はバラバラの状況で行われており、かつ研究の仕方も違いますので確定的なことは言えませんが、概ね「新型コロナウイルス罹患後症状を抑えるのにワクチンはかなり有効」と言える結果です。

また、『JAMA』という医療界では最高峰のジャーナルで今年の3月23日に掲載された研究では、計41研究、18歳以上の新型コロナ罹患後症状を認めた86万783人の症例を解析した結果を報告しています。その結果、女性、40歳以上、喫煙者、肥満、急性期に入院していた、といった項目では後遺症の発症リスクを上げるのに対し、ワクチン接種は後遺症の発症リスクを4割以上下げる可能性が示されています(Revista alergia Mexico (Tecamachalco, Puebla, Mexico : 1993). 2023 Jan 04;69(2);93-97. doi: 10.29262/ram.v69i2.1185.)。いずれにしても、少なくともワクチンは新型コロナウイルス感染症の後遺症発症の割合を下げることは間違いありませんし、若い世代がワクチンをうつ為の十分な根拠になり得ると思います

最後に、現時点(令和5年7月12日)でのワクチン接種スケジュールを載せておきます。65歳未満の方々の接種は9月以降に始まります。

新型コロナワクチンに関しては、接種後に体調を崩される方も大勢いらっしゃいますし、因果関係は不明(という表現しか出来ないのがもどかしいですが)ながら、重篤な症状が出たり、死亡したりといった例もありますので、「絶対にうつべきだ」なんてことは全く思いません。ただ、ワクチン接種のメリット、デメリットに関して今一度考えていただき、ご自身にとっての最良の選択をしていただければと思います